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金沢地方裁判所 昭和29年(ワ)118号 判決

原告 松山貞夫

被告 山本正義 (いずれも仮名)

主文

被告は原告に対し金五千円及びこれに対する昭和二十九年三月七日から完済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は右第一項に限り原告に於て金千円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金十万円及びこれに対する昭和二十九年三月七日から完済迄年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告の本籍地は被告の住所地である石川県鳳至郡〇〇町字石川にして、原告の妻並に長男久治夫婦等は本籍地に居住し、原告は肩書住所に本店を有する木材商である。被告は農業を営み右石川部落の区長連絡員の職を勤務したことのある者である。

原告の長男松山久治は昭和二十七年十二月三日同部落の訴外中野喜代之助を相手として立木不法伐採に基く損害賠償請求訴訟を金沢地方裁判所へ提訴し、該事件は金沢地方裁判所昭和二十七年(ワ)第五〇七号事件として繋属した。

被告は右中野と親戚関係にある処から右訴訟事件に右中野を勝訴させようとの魂胆から右事件繋属中の昭和二十八年八月三十一日附陳述書なる書面を以て原告並に長男久治を誹謗する内容虚偽の事実を右訴訟の繋属する金沢地方裁判所に申し出で右陳述書は同年九月三日附受附で同裁判所に受領され、右事件の記録に綴り込まれた。

右陳述書は訴訟関係人或は新聞記者等記録閲覧しうる者の縦覧に供された。少くとも被告が金沢地方裁判所御中として右陳述書を提出している以上、少くとも不特定多数の裁判職員の閲覧することを知悉して為したものである。

被告の右行為は原告の名誉を毀損しその社会的評価を汚損する不法行為であり、原告はこれが為金十万円に相当する損害を蒙つたから被告に対し右損害金十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和二十九年三月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴に及ぶと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告の本籍地はその主張の地で、原告の妻並に長男久治夫婦等は同所に居住し、原告はその主張の地に本店を有する木材商であること、被告は農業を営み右石川部落の区長連絡員の職を勤務したことがあること、原告の長男松山久治がその主張の日訴外中野喜代之助を相手としてその主張の如き訴訟を金沢地方裁判所に提起しその主張の如く該事件が同裁判所に繋属したこと、被告は右中野と親戚関係があること、被告が原告主張の日、その主張の如き陳述書を金沢地方裁判所に提出したことはこれを認めるがその余の事実はこれを否認する。

原告は従来他人所有の山林に不当の言いがかりをつけて立木を伐採し、或は小作人を圧迫して耕地を取り上げる等の習癖がある。例えば、(1) 昭和二十六年五月頃佐藤金六所有山林を不法に伐採、(2) 昭和二十八年四月頃山口左武郎の山林を不法に伐採し、(3) 昭和二十四五年中小作人岡村善吉、小沢忠一、内田栄作等の小作地を取り上げる目的で輪島簡易裁判所へ調停の申立をなし、訴訟手続に無智な同人等をして疲労せしめ小作人に不利な耕地と交換するの止むなきに止らしめた。

前記松山久治、中野喜代之助間の訴訟も亦同工異曲にして表面の名義人は松山久治であるが真実の訴訟の当事者は原告に外ならない。しかして右係争地が中野の所有であることは全部落周知の事実である。被告は右陳述書提出当時〇〇町字石川の連絡員(区長)であり、公平な立場にあるべき者であるから部落内の不正を是正し円満な共同生活を図ることが区長の職責と信じ敢て裁判所の明鑑に訴えたもので、原告を誹謗侮辱する目的に出たものでない。

名誉毀損は公然事実を摘示することにある。即ち不特定多数人に対し事実を摘示しなければ名誉毀損は成立しない。被告の陳述書は特定の裁判官に対し為したもので公然性がない。且被告は部落の平和を維持する為不正を防止せんとする目的を以て提出した陳述書であるから事公益に関し、且事実を証明しうるから違法性が阻却され不法行為を構成しないと述べた。〈立証省略〉

理由

原告の本籍地は被告の住所地である石川県鳳至郡〇〇町字石川にして、原告の妻並に長男久治夫婦等は本籍地に居住し、原告は肩書住所に本店を有する木材商であり、被告は農業を営み右石川部落の区長連絡員の職を勤務したことのある者であること、原告の長男松山久治は昭和二十七年十二月三日附で同部落の訴外中野喜代之助を相手として立木不法伐採に基く損害賠償請求訴訟を金沢地方裁判所へ提起し、該事件は同裁判所昭和二十七年(ワ)第五〇七号事件として繋属したこと、被告は右中野と親戚関係があること、被告が昭和二十八年八月三十一日附陳述書なる書面を右訴訟の繋属する金沢地方裁判所へ提出したことは当事者間に争いない。

しかして成立に争いない甲第一号証に被告本人尋問の結果によると、被告が提出した陳述書なる書面は別紙陳述書の通りで、該書面は昭和二十八年九月三日附を以て同裁判所訴廷部に受付けられたものであることが認められる。他に右認定を左右するに足る資料がない。

しかして右陳述書の内容を検討すれば、右書面の内容は原告の名誉を毀損すべき非行事実を列挙摘示して原告を誹謗していることが明白である。

被告は右陳述書は特定の裁判官に対し為されたもので公然性がないから名誉権の侵害にはならないと主張するのであるが、或者の社会上の地位を毀損すべき事項を第三者に表白した以上、縦令広くこれを社会に流布するに至らないときと雖もその者の名誉権を侵害したものと解すべきであるから特定の裁判官に対し為したときと雖も名誉権の侵害があるものと云うべきである。

本件については前記の如く右陳述書は昭和二十八年九月三日に金沢地方裁判所訴廷課に受付けられたものであるから、同訴廷課にこれが受付けられたとき被告は右陳述書記載の事項を第三者である同裁判所に表白したものと云うべきであるから被告の右主張は採用できない。

被告は右列挙している原告の非行事実は真実であり、被告は部落内の不正を是正し円満なる共同生活を図ることが区長の職責と信じて不正防止の目的を以て提出した陳述書であるから事公益に関し、しかも事実の真実を証明し得るから違法性を阻却し不法行為を構成しないと主張するので按ずるに、証人佐藤弘の証言によると、原告は石川県鳳至郡〇〇地内の訴外佐藤弘所有の山林に隣接して山林を所有していたところ、昭和二十六年五月右佐藤弘所有の山林を無断で松六本、杉二本を伐採し附近の道路上迄運んだこと、右佐藤の父訴外佐藤金六が原告に対しこれについて談判したところ、原告は自分の木と思つて伐採したと弁疏したこと、右伐採するに際し原告から雇われた木挽が地面が間違つていると思つて一且伐採するのをやめて戻つたが原告から再度伐採するよう云われて伐採したものであること。右伐採した松杉は右佐藤弘に於てこれを処分したことが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足る資料がない。

証人山口左武郎の証言によると、原告は昭和二十八年四月中旬頃前記〇〇町地内の訴外山口左武郎所有の山林中松材約四十石を無断伐採したこと。同訴外人は原告にこれを問責したところ、その隣地の山を松本友吉から買つたので境界を間違えて右木を切つたと言つたので右山口左武郎に於て右伐採された木材を処分したことが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足る資料がない。

証人岡本善吉の証言によると、原告はその所有田の一部を訴外岡村善吉に小作させていたが、昭和二十三年十月頃右訴外人を相手として金沢地方裁判所輪島支部へ右小作地の返還の調停を申立て同訴外人から右小作田の一部を返還受けたこと、右申立に於て原告は同訴外人が十年間年貢を支払わないことを理由としていたが同訴外人は昭和二十年度迄の年貢を遅滞なく納めており、昭和二十一年度分からも年貢を持参したが、原告に於て受領を拒んでいたものであるが、同訴外人は何回も右調停の為呼出されるのに困却し前記の如く一部を返還するに至つたものであること、尚原告は訴外小沢忠一に対しても田を小作させていたがその頃前記裁判所に、同人に対しても小作地返還の調停を申立て同人からも小作田の一部の返還を受けたことが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足る資料がない。

以上の各事実に被告本人尋問の結果を綜合すると、被告は肩書住所で農業を営み石川部落の区長連絡員をしていたが、原告が前記の如く小作人より小作地の返還調停を申立て該小作地の一部の返還を受けたり、又他人の立木を伐採したことを聞知し、同人の右の如き行為は区民の秩序を乱し区民の信義を害する虞があるものと思い同人に対し義憤を惹いていたところ、原告の長男松山久治が同部落の訴外中野喜代之助を相手として金沢地方裁判所へ立木伐採に基く損害賠償請求が提起され、該事件が同裁判所に繋属中であることを知り、原告の以上の如き非行を裁判所へ知らせて同人の悪化の増長を阻止し同人に思いしらせてやろうと考え前記の如き陳述書を金沢地方裁判所へ提出したものであることが認められる。

しかして被告が原告の非行を前記の如く記載した書面を原告松山久治、被告中野喜代之助の昭和二十七年(ワ)第五〇七号事件繋属する金沢地方裁判所へ適法な手続によることなく提出し、原告の該非行を裁判所に通知することは公益を図るに出でたものと認められないし、右の如き所為に及ぶことが部落の平和を維持し不正防止の目的上やむを得ないものとも認められないから、被告に於て原告の悪化の増長を阻止し同人に思いしらせてやる為右の如き所為に及んだとしてもこれを以て違法阻却の事由と認めることができない。被告に於て右の如き事情にあつては区長連絡員として右の如き所為に出ることが職務上正当な行為であると信じたとしても、右信ずるにつき考えの至らない過失があり、且右は法律の錯誤にして右行為の違法性を阻却するものとなすことができないので被告の右主張も亦採用することができない。

そうだとすると被告が右陳述書を提出したことにより原告の名誉権は侵害されたものにして、被告の右の行為は不法行為を構成するものと云わねばならない。

更に進んで損害賠償額の算定につき按ずるに、原告の前記の如き地位資産信用その他諸般の事情を参酌し、且被告の前記の如き行為に及んだ事情等を彼此参酌し原告の精神上の苦痛に対し慰藉料として被告は金五千円を支払うを相当と解する。

よつて被告は原告に対し金五千円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること本件記録に明白な昭和二十九年三月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものと云わねばならない。

原告の本訴請求は右の限度に於てこれを正当として認容するもその余は失当として棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条第一項第三項を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 高沢新七)

別紙

陳述書

原告 松山久治

被告 中野喜代之助

右当事者間の昭和二十七年(ワ)第五〇七号損害金事件につき、原告の昭和二十六年及び昭和二十八年の弐ケ年に渉り不法なる行為を行い、且つ当区内の原告家の父子のなす行為により当区内の秩序を乱し区民の信義を害する恐あるを以て当区内にある原告の批評を御参考迄に陳述申上候

一、昭和二十六年五月中旬当区内左藤金六所有の早坂の二十二番地山林四畝四歩に生存する立木松六本、杉弐本を隣地の早坂二十三番山林三畝九歩の土地所有するを機会としてこれを伐採し、被害者よりの交渉を受けたるも言を左右にして其の解決をもなさず今日に至り居る始末。

二、昭和二十八年四月下旬当区内山口左武郎所有の豌豆畠六番山林一反二十六歩に生存する松二十五本此石数四拾壱石余を之も隣地の豌豆畠の七番山林二反八歩が自己所有を機会として伐採したるもこれは山口氏の当日発見により同氏に伐採した立木を取上げられた事実も有之候

三、当区内に於ては本原被告間の本訴訟についての批評を申述べます。本訴訟は松山久治名義なるも其の事実は父松山貞夫の行為にして同人は数年以前戦時中に福島県に出稼ぎをなす等種々転々として商行為をなし、或る時は脱法の為法の適用をまぬかる為転々とし住所を一定せず居りたる事もあり、然して又多少の土地を所有し居るを機会として隣地の境界の係争を事とし当区内の紛糾を楽しみとして居るものにして、或は農地の不当取上げを小作者に対してなし、これに応ぜざれば訴訟を提起するなど既に参件も有之、何れにしても多少の金銭の融通し得らるゝを利用して訴訟費用に困らしむるを武器として結局は和解を申込むを常習となす始末にして、此のため区内中の或は原告等を同志とする区民の悪化は益々増長するのに有之、区民の善良なる人々等に悪用せらるゝ恐れあるを以てこゝに善良なる人等は被告に同情する点多々あり、何れも被告の現在の立場を同情する為益々原告一家の旧悪の批評発覚する始末に有之候

以上の事実につき此に陳述に及候也

昭和二十八年八月三十一日

鳳至郡〇〇町字石川

区長絡連員 山本正義 印

金沢地方裁判所

御中

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